愛育ねっと2005年7月解説コーナー
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2005年7月1日 |
解説コーナー
2005年7月
産後うつ病とその発見方法
−EPDSの基本的使用方法とその応用−
(岡野 禎治/三重大学保健管理センター助教授)
キーワード:産後うつ病、EPDS、母子精神保健、スクリーニング
はじめに
エジンバラ産後うつ病自己評価票(Edinburgh Postnatal Depression Scale:以下EPDS)はCox ら(文献1)によって1987年に英国で開発されて以来、国際的にも広く普及した(文献2)。これまで20ヵ国語以上に翻訳され、今日では産後うつ病のスクリーニング・テストとして定着している。1. 産後うつ病に対するスクリーニングの正当な理由
日本でも国民キャンペーン「健やか親子21」の中で、母子保健医療における心のケアの推進が提示され、産後うつ病の罹患率(ベースライン:13.4%)を「2010年までに減少させる」ことが目標に掲げられ、以降、地域の母子保健関係者の間でも産後うつ病に対する関心が高まり、EPDSなどを用いた様々な試行錯誤が開始されている。
しかしながら、本来スクリーニング・テストとして開発されたEPDSであるが、その使用方法については必ずしも適切に使用されていない。筆者の知る限りでも、版権の許諾なしの使用、日本版(再英訳)(文献3 )の修正、母親への自己採点の強要などといった誤用が多くの自治体で行われている。また、EPDSを診断ツールとして使用すること、配布後の評価と追跡がほとんど実施されていないことに杞憂する。EPDSを用いた産後うつ病への現在の地域における取組みは、いわば「EPDSが勝手に一人歩きしている」状態といえよう。こうした不適切な誤用は、スクリーニングの意義を失うばかりでなく、協力した母親に偏見を抱かせるという逆効果も生じる。
したがって、今回は、EPDSの基本的な使用上の留意点について概説すると共に、プライマリ・ケアにおけるEPDSを用いたシステムづくりの最近の動向についても紹介したい。なお、詳細な使用方法を簡易に記載した「周産期のメンタルヘルス- EPDSのガイドブック-」(文献4)が、最近出版された。
(1) 家族に及ぼす影響の防止
プライマリ・ケアにおける産後うつ病の有病率は10-15%に及び、特に産後3ヵ月以内は非産褥期女性と比較すると有意に高く、うつ病の好発時期に相当する(文献5)。しかし、産後うつ病の早期発見と治療が遅れると、家庭生活や育児能力が低下して、長期的にみると母子関係、乳幼児への影響を含めて家族への大きな影響を及ぼすこと(文献6)も明らかになっている。(2) 介入のメリット
母親の多くは、周産期には母子保健の専門家と接点がある。しかも最近の産褥婦はメンタルヘルスについて大きな関心を示している(文献7)。したがって、EPDSを用いたスクリーニングという手段は、産褥婦と家族のみならず母子保健の専門家に対しても、産後うつ病に対する啓発を喚起できるほかに、専門家相互の連携、医療機関への紹介といった実践面での展開が容易になる。さらに母子心中や自殺防止を含めた早期の予防的介入の絶好の機会になる。いうまでもなく産後うつ病には有効な治療法がある。
お母さんにいびき2.スクリーニング・テストに対する母親の反応
母親が調査に参加したくない理由はいくつか考えられる。例えば、既に産後うつ病の治療中の女性では、うつ病という烙印を押されることに対する懸念から、自らの感情を記載することに恐れを抱くであろう。また単にプライバシーを保持したいという母親もいる。3.EPDSの基本的使用方法
いずれにせよ、EPDSの記入を母親に強要してはならない。こうした機会を利用しないことは女性の絶対的権利であり、母親の意思を尊重しなければならない。
一方、こころの病気の過敏に反応して、正当な問診をためらう母子保健の専門家もいる。スクリーニングの目的が、1)援助を求めている母親を見つけ出す絶好の機会であること、2)母親が受ける情報が有益であることを母親に理解してもらうことを忘れてはならない。
版権許諾については、Royal College of Psychiatristsに帰属し、無断転載を禁じられている。許諾の問い合わせについてはメールでも可能である(Mr. Dave Jago: Head of Publications; http://www.rcpsych.ac.uk/college/stcomm/)。ただし、再英訳のEPDS日本語版(文献4)については、版権上の注意事項を守れば、現在は許諾なく使用できるようになった。(1)配布方法
いつ:オリジナルの配布時期は、英国の医療体制では産後6週間目に一般医(GP)やbaby clinicにおいてHealth visitorが配布した。各国の母子保健の医療システムも考慮され、現在では産後1〜2ヵ月、2〜3ヵ月、5〜6ヵ月の各時点における配布が推奨されている。
日本での配布時期は、産後1ヵ月検診、新生児訪問時、産後4ヵ月健診時に該当するが、後述する配布環境に注意しなければならない。さらに、重要なことは、高得点者に対して考慮される対応内容も含め、スクリーニング・テストの意義については配布前に必ず説明して同意を得ることは言うまでもない。どこで:リラックスできる場所とプライバシーの確保がポイントである。例えば、赤ん坊を抱いたままの記入は不適切で、必ず補助員をつける。回答用紙を投函する回収箱を準備する。結果の照合には、個人情報保護の観点からも厳重な管理下でおこ� �う。なお、重症の産後うつ病の母親の場合、医療機関などへ訪問はできにくいため、家庭訪問における配布方法は有用である。配布機会のない女性の場合には、返信用切手を貼った封筒と説明書を入れて、EPDSを郵送することも可能である。
(2)記入方法
1)過去7日間の間に女性が感じたことに最も近い反応に下線を引いてもらうこと
2)必ず10項目に答えてもらう
3)質問項目が読めない場合以外には、母親自身にEPDSに回答してもらう。つまり評価票を記入している間は、質問を受けない。
4)EPDSの10項目は、最小が0点で最大3点である。個々の項目の得点を合計する
5)うつ病の治療中の場合や他の精神医学的問題を抱える女性がEPDSに回答する意思がない場合は通常は除外する。� ��3)区分点(高得点)の意味
これまでの調査研究でも、「EPDSを使用して産後うつ病を診断した」と報告が多いが、これは全くの誤りである。高得点の母親が必ずしも精神科診断学上は産後うつ病と診断されない。後述するfalse positive(疑陽性)が必ずあることを銘記すべきである。不安障害の女性や一時的なストレス状態に陥った母親が検出されるかもしれない。少なくとも2週間以上にわたって高い得点項目が続き、その後の臨床診断によって初めて産後うつ病であることが確定できる。(4)高得点者に対する対応
区分点を越えた母親に対して訓練を受けたHealth visitor(助産師、保健師)による再評価を少なくとも2週間以内に施行する。その場合、EPDSの内容を踏まえ、全般的な母親の気分について表出できるように促す。そして母親の抑うつ気分が一時的であるかどうかを明らかにする。さらにHealth visitorおよび専門医が支援できることを母親に再度説明して、連絡先も知らせる(時には自殺などの恐れがある緊急性高い介入もある)。
再評価時点でもEPDSが高い得点である場合、うつ病が示唆される。次のステップの評価のために医師への受診を勧める。そしてHealth visitorによる週単位の傾聴を含めた訪問を実施する。その後は、適切な間隔をおいてEPDSを用いた再評価も可能であればできる。母子保健スタッフによる対応が困難な場合、精神保健の専門家(主治医、精神保健の保健師、精神保健福祉センターのスタッフ)などとの連携を極力とるようにする。
誕生の物語自然の痛み4. EPDSの有用性
EPDSのスクリーニング・テストとしての妥当性に関した研究は多い(文献2)。通常、EPDSの妥当性は、sensitivity(鋭敏度)(正確にうつ病と同定できた割合)、specificity(特異度)(正確に非うつ病と同定できた割合)という指標を用いて確認する。調査対象の産褥婦にEPDSを配布後、これとは別個にほぼ同じ時期に精神科医による直接面接(できれば構造化面接)を試行して、産後うつ病の有無を決定する。またEPDSの得点から産後うつ病の有無を判断する。(1)スクリーニング・テストと臨床診断の関係
特定の区分点におけるsensitivity、specificity、positive predictive value(陽性反応的中度)(実際にうつ病であると同定できた女性の割合)、negative predictive value(陰性反応的中度)(実際にうつ病であると同定できなかった女性の割合)、overall diagnostic power(正答率)を明らかにする(表1)。
スクリーニング・テストはsensitivity、specificityともに100%に近いことが望ましいが、specificityの低いスクリーニング・テストは、診断上の意義は低い。sensitivityの高いスクリーニング・テストは、一次用調査としてはその有用性は高い。
表1 スクリーニングテストと臨床診断の関係 臨床診断による精神疾患 合 計 あり な し EPDS判定 陽 性 a b a+b 陰 性 c d c+d 合 計 a+c b+d N Sensitivity= a / a+c Specificity= d / b+d Prevalence=a + c / N Positive predictive value = a / a + b Negative predictive value = d / c+d Overall diagnostic power= a+d / N (2) 区分点の決め方
適切な区分点を決定するためには、表2に示したように、区分点を移動させて、各区分点における、sensitivity、specificity、positive predictive value negative predictive value、overall diagnostic powerを求める作業を行う。区分点を低く設定すれば、産後うつ病の女性を検出しやすい反面、擬陽性率が高くなる。
日本では、岡野ら(文献3)がEPDSの妥当性と信頼性について、大学病院で出産した産褥婦を対象として産後1ヵ月時点で検討したところ、妥当性については、区分点を8/9(9点以上)とした場合のEPDSのsensitivityが75%、specificityが93%と比較的高い値が得られた。なお信頼性については非妊産婦の再テスト法とCronbachの係数において高い信頼性が証明されている。
オリジナルのCOXらの研究(文献1)ではEPDSの区分点は12/13であった。その後、各国ではスクリーニング・テストEPDSの妥当性について検証された(表3)。区分点は9点から14点と国によってかなり幅があるが、近年では12点以上の場合にうつ病が示唆されてい� ��(文献22,23,24) 。
現在、岡野らの区分点(8/9)が日本で広く使用されているが、実際にこの区分点を用いた自治体などにおける高得点群の割合は、8.7%〜33%と非常にばらつきがある。こうした背景には、上述したEPDSの基本的な使用方法、対象者の層、配布時期など基本的使用法が統一されていないためにバイアスが関連していると思われる。いずれにせよ、これからの産後うつ病のスクリーニングの確立には、上述したような臨床疫学のエビデンスに基づいた調査は不可欠であり、プライマリ・ケアにおけるEPDSの区分点を検証していかねばならない。
背中の痛みはpragnancyをdurting
表2.区分点とスクリーニングの指標の関係 | |||||
Cut-off point | Sensitivity | Specificity | Positive predictive value | Negative predictive value | Overall diagnostic power |
5/6 | 1 | 0.72 | 0.25 | 1 | 0.75 |
6/7 | 0.75 | 0.86 | 0.33 | 0.97 | 0.85 |
7/8 | 0.75 | 0.91 | 0.43 | 0.98 | 0.89 |
8/9 | 0.75 | 0.93 | 0.5 | 0.98 | 0.92 |
9/10 | 0.5 | 1 | 1 | 0.96 | 0.96 |
10/11 | 0.5 | 1 | 1 | 0.96 | 0.96 |
表3.EPDSの妥当性の国際比較 | |||||||
cut-off point | Subject | Specificity | Sensitivity | Positive predictive value | country | Criteria | |
Cox, et al (1987) (文献8) | 12/13 | 84 | 78% | 86% | 73% | British | RDC |
Murray, et al (1990) (文献9) | 12/13 | 646 | 95.7% | 67.70% | 66.7% | British | RDC |
Boyce, et al (1993)(文献10) | 12/13 | 103 | 95.7% | 100% | 69.2% | Australia | DSM-III-R |
Jadresic, et al (1995)(文献11) | 9/10 | 108 | 80% | 100% | 37% | Chilean | RDC |
Wickberg, et al (1996)(文献12) | 11/12 | 128 | 49% | 96% | 59% | Sweden | DSM-III-R |
岡野禎治ら(1996)(文献3) | 8/9 | 47 | 93% | 75% | 50% | Japanese | RDC |
Ghubash, et al (1997)(文献13) | 9/10 | 95 | 84% | 91% | - | Arabic | PSE |
Bergant, et al (1998)(文献14) | 9/10 | 110 | 100% | 96% | 100% | German | ICD-10. |
Lawrie, et al (1998(文献15) | 11/12 | 103 | 76.6% | 80% | 52.6% | South African | DSM-IV |
Benvenuti, et al (1999)(文献16) | 8/9 | 113 | 87.4% | 94.4% | 58.6% | Italian | DSM-III-R |
Regmi, et al (2002)(文献17) | 12/13 | 100 | 92.6% | 100% | 41.6% | Nepalese | DSM-IV |
Vega-Dienstmaier, et al (2002)(文献18) | 13/14 | 321 | 79.47% | 84.21% | - | Peruvian | DSM-IV |
Berle, et al (2003)(文献19) | 10/11 | 100 | 78% | 96% | - | Norwegian | DSM-IV |
Garcia-Esteve, et al (2003)(文献20) | 10/11 | 1201 | 95.5% | 79% | 63.2% | Spanish | DSM-IV |
Aydin, et al (2004)(文献21) | 12/13 | 341 | 71.5% | 75.5% | 30.3% | Turkey | DSM-IV |
スコットランドのCommunity Practitioner's and Health Visitor's Association(CPHVA)は、NHS(National Health Service)地区において、EPDSを用いた、health visitorのための産後うつ病のガイドライン(文献25)を作成した。6.EPDSを用いた母子へのメンタルヘルス体制の構築
この中ではEPDSの使用について、上述の使用方法と重複する点もあるが、以下のように記載されている。
1) 専門家による判断と臨床面接に支持されて、母親の気分の総合的評価の一環としてEPDSを用いる。決してEPDSを単独で使用しない。
2) 産後うつ病の検出と対応、EPDSの使用方法、臨床面接の実施に関した研修を受講した専門家のみがEPDSを使用しなければならない。
3) 母親の気分についての評価は、プライバシーを確保される場所で実施する。そして母親に結果の意味と適切な介入について説明するための時間を確保する。
4) 混雑するクリニックではEPDSを使用しない。母親に直接郵送しない。家庭訪問ができにくい場合は、プライバシーを確保でき� ��清閑なクリニックにおいてのみ、EPDSが使用できる。
5) 使用前に専門家は、EPDSの目的に関した母親の理解度に注意する。さらに正確にEPDSを回答できるかどうかという能力(例えば読み書きの能力レベル、文化的背景あるいは言語上の問題など)も検討する。
6) EPDSを依頼する場合は、専門家は臨床的な印象との相違がないことを配慮して、個々の母親の反応を把握する。例えば、産褥精神病の母親と遭遇した場合では、EPDSが低得点を示すことが多い。
7) EPDSの使用後には、うつ病の症状を確認するために、DSM-IV(北米の精神科診断基準)に掲載されている九つの症状を念頭に入れながら、必ず臨床的な面接を実施する。また、こうした面接中には、症状に関連する身体的、情緒的あるいは社会的要因を検討する。その結果、母親に対する適切な介入方法が立案できる。
近年産後うつ病に対して心理・社会的アプローチの有効性は認められ、その中でもHealth visitorによる家庭訪問という介入効果が注目されている(文献26)。こうした場合、スクリーニング実施後の介入というシステムの構築は、人的および医療経済的にも効率がよい(文献2)。さいごに
したがってこうしたプログラムを導入するに当たっては、1)保健専門家の母親の心の状態の十分な理解、2)適切な区分点をもつ妥当性の高いスクリーニング・テスト(EPDS)、3)スクリーニング陽性者に対する効果的な治療導入方法、4)保障されたプログラムによる十分な措置の実行(マネジメント)が必要である。
EPDSのスクリーニングのシステム構築に当っては、十分な論議を事前に行う必要がある。地区の実行委員会のメンバーには、精神科医、地域精神科保健師、臨床心理士、診療所および病院の産科医と助産師、小児科医、母� ��保健の保健師、母子保健の看護師、疫学研究者、健康対策の行政職などを構成メンバーとするのが望ましい。産後うつ病を経験した母親の意見やニーズの把握はいうまでもない。つまり、新しいプログラムが展開できるようにすべてのヘルス・サービスの代表を含めることが重要である。
その結果、研修方法、配布時期、同意の方法、産科医療機関と行政の連携、社会的資源の活用、啓発活動など様々な課題が論議されるであろう。英国の、Glasgowの支援体制づくりの過程でみられた、こうしたdecision making processを重視するアプローチが有効であり、堅実なシステムが構築されつつある。(文献4)
豪州では、産後うつ病の支援体制を構築するために、The beyondblues National Postnatal Depression Program (
産後うつ病に対するEPDSを用いた支援体制の構築には、1)エビデンスに基づいた調査の集積と、2)母子保健という枠組みを超え、大局的な視点からの多様な取り組みが必要であろうと思われる。
文献
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「母子保健情報第51号(2005年5月刊) 特集:産後うつ病の評価と介入から−育児支援に向けての新たな展開−」より一部改変
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